ROGER NICHOLS & THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS

洋楽作品の中には、本国では大した注目を浴びなかったにもかかわらず、日本でだけ名盤扱いされている得品が時々登場します。ここでご紹介するロジャー・ニコルズ、マレイ・マクリオード、メリンダ・マクリオードの三人による唯一のアルバムはその代表的なもののひとつです。更に興味深いのが、1968年に発売されたこの作品が日本で名盤扱いされるようになったのは、1980年代に入ってからであることです。

本作は1980年代時点で日本盤CDが出ていなかったばかりでなく、LP時代にも一度も日本盤が発売されたことはなかった為、中古盤屋で輸入盤LPを探すしか入手する方法はありませんでした。ポニー・キャニオン(当時A&Mの日本での配給権を持っていた)は遂にこの作品のCD化を1987年に敢行。これによってようやく一般の音楽リスナーがこの作品に接することができるようになりました。そして、これが海外に先駆けてのCD化であった為、今度は海外のリスナーが日本盤CDに注目するようになります。その後、海外の音楽ファンにとって、日本という国は本国では手に入らないCDを手に入れることのできる“黄金の国(?)”となったのです。
このアルバムに収録されているのは全部で12曲、12曲のうちオリジナルは半分の6曲、残りの半分がカヴァー曲ですが、これも当時のオリジナリティーを競う潮流の中では異色です。ロジャー・ニコルズは何よりも作曲家としての自分に自信を持っていたことと思いますが、半分をカヴァーにして敢えて自分に制約を課して勝負しているかのようです。6曲のオリジナルのうち4曲が、『Pet Sounds』の作詞家として知られるトニー・アッシャーとの共作です。歌詞の内容はいずれも恋の始まりを描いたもので、ウキウキした感覚をもたらす本作のサウンドと見事にマッチングしています。ニコルズはおそらく、アッシャーの「Wouldn't It Be Nice?」での仕事に感銘を受けて作詞を依頼したのではないでしょうか。

Don't Take Your Time
With A Little Help From My Friends
Don't Go Breaking My Heart
I Can See Only You
Snow Queen
Love So Fine
Kinda Wasted Without You
Just Beyond Your Smile
I'll Be Back
Cocoanut Grove
Didn't Want To Have To Do It
Can I Go

カヴァー曲の中では、ビートルズラヴィン・スプーンフルの曲をそれぞれ2曲ずつ取り上げているのが印象に残ります。野心的なメロディーがあふれるこのアルバムの中に、誰もが耳に馴染み過ぎているビートルズの曲を入れるのはずいぶんと勇気のあることだと思います。これらの曲ではアレンジに凝りまくり、原曲とどれくらいイメージを変えるかということに精力を傾けているようです。「With A Little Help From My Friends」はオリジナル・ヴァージョンもベース・ラインが注目を浴びましたが、ニコルズはポール・マッカートニーのベース・フレーズを決してなぞらず、かつポール以上に耳に残るメロディアスなベース・ラインを提供しています。「I'll Be Back」は不思議なコード進行を持った曲ですが、ニコルズは更にヴォーカル・ハーモニーの重ね方に工夫を凝らし、曲の進行に伴って雰囲気をガラリと変えるという離れ技で勝負しています。どちらの曲も、原曲が元々得意とする土俵で勝負を挑んでいる点が面白いと思います。

残るカヴァーはバート・バカラック&ハル・デヴィッドの「Don't Go Breaking My Heart」と、キャロル・キング&ジェリー・ゴフィンの「Snow Queen」です。前者のオリジナルはボサノバ調なのですが、その要素をはぎ取り、無国籍的なドリーミー・ポップスに仕上げています。後者はオリジナルのザ・シティのほか、アソシエイションなども取り上げているソフトロックの名曲のひとつですが、こちらもやはり原曲のジャズ色を脱色して夢の中を彷徨っているようなサウンドを提供しています。