TYRANNOSAURUS REX


少し前、テレビで「20世紀少年」の3部作が放映されました。映画の高校で始めて流れたロックがこの「20世紀少年」のT.REXです。
1973年にリリースされたシングル、「20センチュリー・ボーイ」は当時の日本盤の発売元、東芝EMIのスタジオでレコーディングされた曲です。
来日公演を武道館で見ましたが、これほどヘタなバンドはめったにいないと思いました・・・スタヂオ録音はライヴとは違い、キャッチーで面白くはありますが・・・
T.REX以前のティラノザウルス・レックスは基本的にアコースティカルで音楽としても秀作なアルバムがあります。 1947年9月30日、ロンドンに生まれたマーク・ボラン(本名はマーク・フェルド (Mark Feld))は、10歳になる前にドラムとギターを始め、12歳でバンドを結成し音楽活動を始めていたといいます。15歳の時、スージー&ザ・フラフープス(確か、ヘレン・シャピロがメンバー(?))というバンドを結成し、自らレコード会社への売り込みも行っていました。しかし、結局その売り込みは上手く行かず、彼はひとりイギリスを離れ、芸術の都パリへと旅立ちました。パリで、彼はきままな放浪生活をおくりながら、絵画の勉強を行っていたらしいのですが、その間同じパリの街に住んでいた魔術師に弟子入りし、錬金術を学んでいたとも言われています。その後イギリスに戻ったマーク・ボランは、1965年に"The Wizard C/W Beyond The Rising Sun"と言う曲でシングル・デビューを果たしますがヒットせず、1967年にはJohn's Childrenというサイケデリック・ロック・バンドに加入しますが、そこも数ヶ月で脱退。結局、スティーブ・ペレグリン・トゥックというパーカッショニストと二人だけでバンド活動を開始しました。こうして、マーク・ボランアコースティック・ギターとスティーブのパーカッションという不思議なスタイルのフォーク・デュオ、ティラノザウルス・レックスが誕生しました。(ペレグリン・トゥックの名は、もちろんあの「指輪物語」の登場人物からとられています。)
彼らのサウンドは、90年代にロバート・プラントジミー・ペイジが展開したイスラム風ロックとケルト音楽の神秘性を融合した当時どこにも存在しない音楽に近いものでした。

John's Childrenのシングル盤、右がMarc Bolan

ティラノザウルス・レックス登場!! - My People Were Fair And Had Sky In Their Hair, But Now They're Content To Wear Stars On Their Brows(1968年)REGAL ZONOPHONE SLRZ 1003 STEREO


FLYレーベル盤も発売された。

神秘の覇者 - Prophets, Seers And Sages, The Angels Of The Ages(1968年) REGAL ZONOPHONE SLRZ 1005 STEREO


FLYレーベル盤も発売された。

ユニコーン - Unicorn(1969年)REGAL ZONOPHONE SLRZ 1007 STEREO


米盤はBLUE THUMBレコードから発売された。

ベアード・オブ・スターズ - A Beard Of Stars(1970年) REGAL ZONOPHONE SLRZ 1013 STEREO
英国盤は美しくコーティングされたシングル・ジャケット仕様
4枚目のアルバム、ベアード・オブ・スターズ からミッキー・フィンがスティーヴ・トゥックに代わり、パーカッションで参加します。



米国盤はゲートフォールド・カバー


T・レックス - T.Rex(1970年) FLY HIFLY 2 STEREO
T.REXとなっての初のアルバムです。特殊仕様ですが、レギュラー仕様も後に発売されます。





米盤はRIPRISEレコードから発売


マーク・ボランは、1977年9月16日、ロンドン郊外のバーンズにおいて自動車事故で世を去った。 自動車は愛人のグロリア・ジョーンズ(妻はジューン・チャイルド)が運転しており、ボランは助手席に乗車していた。 彼はオカルトに凝っていた時期があり、本格的に魔術師の下で修行し、魔女と同棲していたという説もある。また「僕は30歳まで生きられないだろう」と冗談めかして語っていたと言う話は有名である。結果的に彼が亡くなったのは、30歳の誕生日の2週間前であった。
ティーヴ・トゥックは、31才で1980年10月27日月曜日に薬物中毒で死にました。
ミッキー・フィンは2003年にアルコール性の肝臓病で死にました。